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第2回

『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』とともにおくるジョン・ケージ生誕100年<VOL.1>

● 2012年のミュージサーカス

 ケージ生誕100年を記念する大きな催しのひとつが、8月26日にサントリーホール・ブルーローズで開催される「ミュージサーカス」です。ミュージサーカスとは魅力的な響きです。これは、ミュージックとサーカスを合わせたケージの造語で、音楽、舞踊、パフォーマンス、インスタレーションが同時進行するイベントです。

 2012年のミュージサーカスのテーマは「即今」。これは禅の言葉で「即ち、今」。サントリー芸術財団サマーフェスティバル ジョン・ケージ:ミュージサーカス公式サイトによると〈会場内を移動しながら、ケージのアート作品展示や、易卦によって個別に決められた時間にスタートする、まさに今ここでしか得られない音楽演奏、様々なパフォーマンス〉が体験できるようです。

 ちなみに、ケージが亡くなる直前の1992年スタンフォード大学で行われたミュージサーカスの様子を『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』から引用して、その醍醐味をお伝えしましょう。

 〈1月29日の晩、スタンフォード大学のブラウン・ミュージック・センターには200人の音楽家たちが集い、複数の講堂やリハーサル・ホール、事務所、プライヴェート・オフィス、そして廊下という空間すべてに楽器を手にした人たちが溢れていた。演奏家たちはあらかじめ場所が割り当てられていたが、弦楽三重奏の横にインドのタブラ奏者が陣取り、サックスの六重奏と同じ部屋でマドリガルが歌われるといった具合で、特別な秩序はない。一つの部屋に入ると、ほの暗い灯りのもとで、ケージが「ミュオイス」というテキストを読んでいた。生の声が増幅された音と三つのテープに録音されている声が、聴衆を取り巻く四つのスピーカーから流れている。さらに扉の向こうでは、ハーディ・ガーディの演奏家たちがスーフィー教徒のグループと同調しながら演奏する光景が繰り広げられていた。午後7時半から3時間あまり続いた催しに2000人以上が訪れ、観客や聴衆がひっきりなしに往来していた。演奏者もときには弾くのをやめて聴衆の波に参加し、聴衆も楽器を借りて、自由に音を鳴らしている。すると突然、1人の観客が「まるでニューヨークにいるみたいだ」と叫んだのである〉(『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』260ページより)。

 まさにFreedom。人々がいかなるヒエラルキーも作らず共生する。ケージが夢見た「アナーキーな社会」というユートピアが存在した瞬間でした。

サントリー芸術財団サマーフェスティバル ジョン・ケージ:ミュージサーカス
2012年8月26日(日)14:00-19:00。
サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
入場無料
● I Love キノコ

 世にキノコ・マニアは数多いようですが、ケージのキノコ好きもたいへん有名です。『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』第5章「ストーニーポイントと自然」からその片鱗を拾い集めてみました。

 菌類学にかんする膨大な書物を読み漁り、約300冊のコレクションはのちにサンタクルズのカリフォルニア大学に寄贈。ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチで「キノコの見分け方」という講座を受け持ち、ニューヨーク菌類学会の創設に携わり、テレビ(イタリア)のクイズ番組でキノコに関する問題に全問正解し賞金をもらい、さらに、車での移動中キノコが見えると必ず降りて採りに行き、キノコ型の灰皿などいわゆるキノコ・グッズを集め、キノコ柄のネクタイまで持っていた! これらの逸話に続いて「私たちは、一つ一つのものを直接、あるがままに見なくてはならない。たとえブリキ製のホイッスルの音であっても、優雅なカラカサタケであっても」というケージの言葉を引きながら、著者はこう続けます。

 〈音楽を聴くときには、ありのままの響きをよく聴かなければならない。たとえ聴き手が音楽に関する著しい知識を持っていたとしても、それによって方向づけられてしまうことなく、じかに聴くことがたいせつなのである。さらにキノコが胞子によって増え、森のなかの思いもかけない場所に生えてくる自然の働きは、チャンス・オペレーションズによって生まれる音の現象とパラレルで、ケージにとってキノコをみつけて観察することは、音と出会って聴くことと同義だった〉。

 ケージは、キノコに没頭すると音楽について多くを学ぶことができると言っていたそうです。

● 沈黙の「4分33秒」

 ケージの「4分33秒」初演は1952年8月29日、ニューヨーク郊外のウッドストックにあるメイヴェリック・コンサート・ホールでのデーヴィッド・テュードアのリサイタルでした。3つの楽章からなる沈黙の4分33秒。初演では、テュードアはピアノの蓋の開閉することで各楽章の始まりと終わりを示しました。これはケージとテュードアのアイデアでした。1960年にペータースから出版された楽譜には休止を示すtacetが3回指示されています。

 〈演奏中、集まった人たちは森へと開け放たれた扉から、風が木々を渡り、雨が天井をたたく音がきこえ、うろたえた人々のつぶやきが抗議の声へと高まっていったのを聴いたはずである〉(『ジョン・ケージ 混沌ではなく、アナーキー』126ページより)。

 初演の4分33秒は雨の音、風の音、森の音、そして観衆のつぶやきと次第に高まるブーイング―に満ちた曲だったのです。このくだりはとてもスリリングなので、ぜひ本書を手に取り実際に体感してみてください。

 4分33秒に代表される沈黙とは、意図しないノイズに満ちた音楽であり、〈沈黙=意図しないノイズへと開かれた音楽を知覚するためには、限られた楽音の多様性のみならず、無限に広がるノイズの多様性を感知できる耳が必要になる〉(同書、178ページ)と著者は論じます。

 冗談でもなんでもなく、ケージは真剣に沈黙を一つずつ繋いで曲を作り、その曲の長さが4分33秒だったということです。4分33秒の間にどんなノイズが鳴り響くのか。初演は、雨の音、風の音、森の音、つぶやき、ブーイングが響く4分33秒でした。いまなら咳払いと、ひょっとしたら携帯電話のコール音(緊急地震速報かもしれない)が鳴り響くのかもしれません。

 You Tubeには、デスメタル(Death Metal)による4分33秒のカバーというのもありました。これもすごい。様々なアプローチの4分33秒をぜひ体感してみてください。


(次回は2012年9月4日更新の予定です)

[ 2012/7/18 更新 ]
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