今さらですが

残暑というには暑すぎる日が続いていますが、そんな中、ここ数日は今年担当している教科書作りのために、弊社刊行の教職関係教科書や関連資料を読む毎日です。

そこで感じるのは、教育とはなんと難しいことか、教師とは何と難儀な職業かということ。当然、教育が単純簡単なことではないとわかってはいますが、教師になろうとする学生さんが使う教科書に書かれていることは、頭では理解できても実際の現場のことを想像すると途方に暮れてしまうようなことばかりです。法律や国からの指導、社会の情勢、子どもたち・保護者の心情やそれぞれの置かれている環境……、教師が考慮すべきことは無限に存在するように思えます。そしてまた、目指すべき教育のあり方やその結果形成されるであろう理想的な個人の姿(教養や人格)を、言葉では簡単に、それも格好よく書き表わすことは容易いけれど、実際にその目標を達成するためには日々どれだけ努力しなければいけないことか。当然、教育は教員だけによってなされるわけではありませんから、少々無責任なことと思われるかもしれませんが、それでも、教員とは大変な仕事だなあ、とあらためて思わずにはおられないのです。
最近、教員免許をとるために学ぶ学生が増えていると聞きます。当然、不況にあって安定した職を指向するという面もあるでしょうが、それだけではなく、中には志をもって教員になりその困難な教育の現場にあえて立とうとしている人たちがいるであろうことに畏敬の念を抱きます。そういう未来の先生に教わるであろう未来の児童・生徒をもつひとりの親としては、就学前に自分にできることは何かをよくよく考えなければいけないと感じます。まあ考えたところで正解にたどり着けない可能性も高いわけですが、何はともあれ、まずは自分の子どもとしっかり向き合うことからはじめなければ、と今さらながら思うのです。
(編集:凹山人)

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コメント / トラックバック2件

  1. ハムコ より:

    「さいきんの出版局は暇なの〜?」と云った人がいます。
    (『ムサビ日記』の手羽ちゃんです)
    暇なんじゃなくて、夏は考えちゃうシーズンなんですよね。
    暑いんだけれど、じーっとしゃがんでアリンコを観察するかんじ。
    首のうしろがヒリヒリする・・・

    宮城県美術館で教育普及を担当する齋正弘さんがムサビの特別講義で、
    「教育っていうのは、その人が死ぬときに『あ〜、いい人生だったぁ』
    と云えるようになるためにあるわけ」とサラリと話しておられました。
    これにはギョッとしました。
    つまり、何がシアワセなのか、自分で考えて、自分で行動する、
    (それぞれシアワセは違うわけですから)すごく「個別」です。
    齋さんはいつも「エデュケーションとスクーリングはぜんぜん違う」
    と繰り返し話されます。
    スクーリングは全員一緒、エデュケーションは個別。
    でもそれが、なかなか浸透しないんですよね。難しいね・・・

  2. 凹山人 より:

    ハムコさま

    小学生の頃、ある夏休みの自由研究にアリの生態観察をえらんで炎天下、じっとアリを見ていたことのある私には実感としてよくわかるたとえです。

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