三嶋典東先生のこと

「企画の相談があるのだけれど」

という電話をいただいたのは2009年の春先のこと。

視覚伝達デザイン学科で三嶋先生が担当している

イラストレーションの授業と、そのメソッドを支える線描論を

1冊にまとめたい、というご相談だった。

「イラストレーション」とはいえ、授業は机に座るどころか、

跳んだり走ったり、身体全身から出てくる線を描くという

いかにも美大らしい面白さがあり、嬉しくなってハムコは

さっそく企画書を書いた。

最初の企画書の日付けは2009年5月13日、タイトルは

『illustration 線の冒険教室』になっている。

その前の月に、三嶋先生は大著『LINE STYLE』を

上梓されたばかりで、ノリにノってるかんじだった。

そうして3年がまたたく間にたってしまい、

2012年春、しびれを切らしたハムコは、吉祥寺のいせやに

うまいぐあいに典東先生を誘い込み、もうひとりS教授を

密かに味方につけて策略をねりにねり、

「もぅそろそろ仕上げないと、かっこつかないでしょー」

などと3人で焼き鳥をかじりながら、

「よし、絶対に今年の秋に刊行だ! エイエイオー!」

と気焔をあげた。

2012年7月20日、MAUP卓球大会に三嶋先生はマイラケットを

ご持参で参加され、見事に準優勝。

本のタイトルは『線の稽古・線の仕事』に決まり、

御原稿も着々と揃い、秋にはテスト印刷をして用紙も決定。

さて、追い込みにかかろうというときに、

典東先生は体調を崩され、検査入院をすることに。

それでもつづきの御原稿は宅配便で届き、

11月26日は文字原稿が「あとがき」まで書き上げられ、

11月30日の朝には残りのイラストレーションが、

すごいヴォリュームでどーん!とやってきた。

少し遅れてしまったけれど、これなら来春早々に

刊行できますね、その日の夕方に御礼のメールを書いた。

その翌朝、12月1日に典東先生は急逝された。

いまも信じられない。

[編集:ハムコ]

コメント

  1. 呑猫 より:

    テントウ先生。
    ご本人には、そう呼びかけたことがないけれど
    maupスタッフはみんな、そう呼んでいます。

    あまりに突然で。心が落ち着きません、

    私がテントウ先生と初めてお会いしたのは
    武蔵野美術大学80周年の祝賀会(2009年)でした。
    そのとき、企画が通ってご挨拶させていただいたのでした。

    あれや、これや。とにかく今年の夏。
    maupメンバーでムサビの先生の原画でてぬぐいを、つくりたい!
    そんな企画にノリノリで参画していただきました。
    そして、忘れもしないMAUPの卓球大会です。

    微妙な人数加減から? 総当たり戦でMAUPメンバーは
    テントウ先生と勝負したのでした。

    あの時、私はいってしまいました。
    「センセイ、原稿いただいたら、すぐに組みます!」

    先週末からたてつづき届いたテントウ先生からの訂正指示。
    編集・ハムコにはもちろんのこと、私が今夏いったことが
    心にあったのですね。
    ゲラの欄外にある「呑猫さん、ありがと」の文字。
    「あとがき」の頁には、MAUPスタッフへの愛が溢れる
    メッセージでした。

    テントウ先生、今は苦しくないですよね。

    ちゃんと形にします。