追悼 長谷川堯先生

今年はすこし遅れて、5月に「図書目録」が納品となった。
ご無沙汰ばかりで年賀状すらお出ししていない恩師に、恐縮しつつ、みじかい手紙と一緒にお送りするのが慣例となっている。
今年の手紙は、どうしても寂しくなってしまう。
長谷川堯先生の訃報にふれないわけにはいかないからだ。
長谷川先生は、他の先生方から「ぎょうさん」と呼ばれていた。
トレンチコートがよく似合う180センチ以上もの身長、ゆったりとした仕草、優しい口調。
「まるで英国紳士」とうっとりする女性ファンが多いのだが、率直なもの言いは「紳士」とは言いがたいところもあり、そこがまた魅力だった。

「さいきん俳句に凝っているんだ」と自慢げに手帖を見せられたことがあった。
「これなら私にもできるよ」とつくって見せたら、「公魚(わかさぎ)」という俳号をすぐにつけてくれた。
そのノリで朝日俳壇に投稿し、長谷川櫂さんの選で掲載されて得意になっていたら、堯先生は褒めてくれるどころか、ひどくご機嫌ナナメになってしまったこともあった。
また、短期間ではあったが、ドクターストップでお酒を禁止された時には、それでも「いつもの蕎麦屋に行きたい」というので、馴染みの蕎麦屋さんに頼み込んでノンアルコールビールを持ち込ませてもらったこともあった。
何を思い出しても、クスッと笑ってしまうことばかりだ。悲しい。
新聞の訃報には、連続テレビ小説「まんぷく」の主人公・長谷川博己の父と書かれている。
そのとおりではあるが、建築を「見る」、あるいは建築を「読む」楽しさを多くの人に広めた功績こそ、もっと語られるべきだと思う。
[編集:ハムコ]

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